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記事: 子どものスイミングで見えた、父親の付き添いに感じたモヤモヤ

子どものスイミングで見えた、父親の付き添いに感じたモヤモヤ

子どものスイミングで見えた、父親の付き添いに感じたモヤモヤ

子どもの習い事の付き添いって、その場に来ていればそれで“やっている”ことになるのでしょうか。

最近、息子のスイミングで、少し引っかかることがありました。少し、というか、正直に言うとまあまあイライラしました。

うちのスイミングは、普段は母親ひとりで来ている家庭がほとんど。育休中だったり、専業主婦だったりで、日中に動けるのが母親側というケースが多いのだと思います。父親は仕事で不在。いつもは8割方、母親が子どもと一緒に来ています。

でもその日は春休み期間だったからか、夫婦そろって来ている家庭がいつもより多く見えました。

いつも通り、母親が子どもと一緒にプールサイドへ行き、父親やきょうだいは見学席で見守る、という形が多かったです。ちなみにその日の我が家は、夫が息子と一緒にプールに入る担当で、私は見学席から見ていました。

そしてレッスンが終わる頃、私は更衣室の前に移動して、プールから上がってきた息子を夫から受け取ります。そのあとは、濡れた体を拭いて、着替えさせて、帰る準備をする。夫はその間に自分の体を乾かしたり身支度を整えたりして、あとから合流する。うちではずっとそんな流れなので、特別なことだと思ったことはありませんでした。

でもその日、子どもに身支度をさせている横で、私はイライラするハメに(笑)

まわりには、付き添いで来ている父親たちがたくさんいました。なのに、母親たちがびしょびしょの子どもを抱えて更衣室の前を通っていっても、ほとんど無反応。スマホを見ている人もいる。荷物すら持っていない人もいる。「お疲れさま」「何かやることある?」と声をかける人も、私が見た限りではひとりもいませんでした。

正直、かなりびっくりしました。

もちろん、普段あまり来ていないから勝手がわからない、というのはわかります。どこで待てばいいのか、何を持てばいいのか、どのタイミングで手を出せばいいのか、慣れていなければ戸惑うのもわかります。

でも、それにしても、せめて少しはあたふたしてもよくないですか?(怒)と思ってしまいました。声をかけるとか、荷物を持つとか、下の子を見ておくとか、できることはいくらでもあるはずなのに、と。

しかも私は、その場でわりとわかりやすく“実演”していたと思うんです。

息子を受け取って、タオルでざっと拭いて、急いで着替えに移る。プール上がりは体が冷えるので、のんびりしていられません。

母親ひとりで来ている場合は、自分も水着のまま濡れているし、子どもも濡れている。床も滑りやすい。小さい子なら転ばないか気になるし、少し歩ける子なら、目を離した瞬間にどこかへ行ってしまう。だから、自分の着替えをしながらも、ずっと子どもに意識を向け続ける必要があります。

やれないことではありません。実際、母親たちは普段からひとりでやっているし、慣れてしまえば回せます。

でも、一緒に見学に来ているなら話は別じゃないですか?

来ているのに、見ているだけ。いや、子どものレッスンを見ているというより、ただ座って時間が過ぎるのを待っているように見える人も。そういう父親たちを見ながら、「何のために来ているんだろう」とモヤモヤ。何もしないなら、家で昼ごはんでも作って待っていてくれたほうが、まだ助かるのでは、と思ってしまいました。

もっとモヤモヤしたのは、それがあまりにも“普通の風景”として成立していたことでした。

母親たちも、特に何かを期待しているようには見えませんでした。夫に荷物を渡すでもなく、声をかけるでもなく、自分で子どもを抱えて、自分で身支度を進めていく。その表情からは、「まあこういうものだから」という、半分あきらめのような空気も感じました。

それを見て、ああ、これはたまたま数人の父親が気が利かないという話ではなくて、父親は付き添いでも“補助的な存在”でいられる、という構造の話なんだろうなと思いました。

父親がその場に来ていれば、それだけで「協力的なお父さん」に見えやすい。でも母親は、来ているだけでは成立しません。子どもの着替え、荷物の確認、濡れたものの片づけ、帰る準備、きょうだいの対応。誰かがやらなければ回らない細かい実務を、自然と引き受ける側に回っていることが多い気がします。

子育てって、大きなイベントよりも、そういう細かいことの積み重ねでもあります。タオルを出す、靴下を履かせる、保湿剤を塗る、次に何が必要か考える。ひとつひとつは小さくても、それが全部重なると、結構な労力になります。

だから私は、付き添いに来ているのにスマホを見ている父親にイライラしたというより、その小さな実務が、あまりにも当然のように母親側へ流れていくことにイライラしたのだと思います。

父親が何もしなくても、その場は回ってしまう。母親がやるからです。回ってしまうから、本人も気づかない。周囲も指摘しない。結果として、「来てはいるけど、動かない」という状態が、なんとなく許されてしまう。

でもそれって、本当に“付き添い”と言っていいのでしょうか。

付き添いって、観客席に座ることではなくて、子どもが帰るまでの流れを一緒に担うことだと思います。必要なときにすぐ手を出せること。荷物の場所がわかっていること。きょうだいがいれば、その子の安全も見ること。母親の手伝いではなく、自分の役割として動くこと。

子どもの習い事って、その家庭の役割分担が思っている以上によく見える場所なのかもしれません。だからこそ私は、更衣室前で、少しげんなりしてしまったのです。ああ、ここでもやっぱり、実務は母親のものとして扱われるのだな、と。

ただ、その一方で、毎回父親が参加しているご家庭もあります。その方は最初、見学席から見ていることが多かったのですが、途中から母親と交代して、自分が娘さんと一緒にプールに入るようになっていました。娘さんもすごく嬉しそうだったし、父親のほうも、ただ見ているときよりとっても楽しそうに見えました。

きっと、補助的な存在でいるより、実際に一緒にやってみるほうが楽しいのだと思います。付き添いを“手伝い”で終わらせず、自分ごととして関わるほうが、子どもとの時間はちゃんと自分のものになる。そういうことなのかもしれません。

子どもがプールから上がったあと、自分は何をする人なのか。

その答えをちゃんと持って来てくれるだけで、付き添いの意味はだいぶ変わる気がします。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

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