記事: 「時間を盗む」って、誰のこと? 習い事の待ち時間で気づいたこと

「時間を盗む」って、誰のこと? 習い事の待ち時間で気づいたこと
子どもの習い事で、いつもは開始時刻の15分前には到着するようにしています。他の生徒さんもいるし、バタバタするのは避けたいから。でも先日、用事が長引いてしまって、開始5分前にギリギリ到着。ドタバタと準備をして教室に向かったら、先着はたったの3組。「あれ?」と思っていたら、結局開始時刻の10分過ぎに全員が揃いました。
子どもが関わることなので、多少の遅刻は全員が暗黙の了解。それは私もそうです。でも、なんだか今回はモヤっとしてしまって。この10分間、自分たちの時間を盗まれたような気がしてしまいました。
「待つのは平気」なのに、なぜモヤっとしたのか
待つこと自体は、別に嫌いじゃありません。病院でも、レストランでも、多少待つのは平気なタイプ。
でも今回は違ったんです。何が違ったかというと、レッスンの終わりの時間は決まっているということ。
つまり、開始が10分遅れると、レッスンの内容が薄く(短く)なってしまう。それがちょっとイラっとしたんだと思います。
もちろん、先生も子どもたちも悪くない。みんな仕方ない理由があったはず。でも、心のどこかで「時間を盗まれた」という感覚が残りました。
ふと思った「私は誰かの時間を盗んでないだろうか?」
そしてふと思いました。
「私は誰かの時間を盗んでしまっていないだろうか?」
例えば、仕事中の人に話しかけるとき。相手が集中している時に声をかけていないだろうか。
例えば、電話をかけるとき。相手の都合を考えずに、自分のタイミングでかけていないだろうか。
ちょっとしたことなんですが、思い返すと思い当たる節がたくさんありました。
「ちょっといい?」って軽い気持ちで声をかけた時、相手は作業を中断していたかもしれない。
「今大丈夫?」って聞いたけど、相手は「大丈夫じゃない」と言いづらい状況だったかもしれない。
相手の時間を、無意識に奪っていたんじゃないか。そう思ったら、ドキッとしました。
さらに気づいた「自分の時間」も奪っていること
そして、もっとハッとしたのが、自分の時間についてです。
私、自分の時間も、自分で無駄にしているんじゃないか?
例えば、SNSでぼーっと見ず知らずの人の投稿を見ている時間。
例えば、なんにも考えずにTikTokをスクロールしている時間。
気づいたら30分も1時間も経っていることがある。
SNSで見ず知らずの人に感情移入したり、特に興味のない動画を延々と見続けたり。
それって、自分のかけがえのない時間を、自ら奪っている行為なんじゃないか。
習い事で「時間を盗まれた」と思った自分が、一番自分の時間を無駄にしているじゃないか!!
時間は誰にとっても平等で、戻ってこない
時間って、誰にとっても平等で、一度過ぎたら戻ってこない。
当たり前のことなんですけど、普段はあまり意識していなかったなと思います。
習い事の10分待ちで感じた「時間を盗まれた」という感覚。
それは、自分の時間の価値を改めて考えるきっかけになりました。
他人の時間を奪っていないか。自分の時間を無駄にしていないか。
小さな意識の変化から始めてみる
それから、少しずつですが、時間の使い方を意識するようにしています。
仕事中の人に話しかける時は、話しかける前にチャットして確認したり、
電話をかける前に、「今から電話してもいい?」ってメッセージを送ってみたり。
そして、自分の時間についても。
SNSを開く前に、「今、これを見ることは自分にとって大事かな?」って、ちょっと立ち止まってみる。
もちろん、息抜きも必要だから、SNSを見ることが悪いわけじゃない。ただ、無意識にダラダラ見続けるんじゃなくて、自分で決めて見るようにしたい。
「今は息抜きの時間」って意識して見るのと、無意識に見るのとでは、全然違うと思っています。
他人の時間も、自分の時間も、大切にしたい
習い事の10分待ちで感じたモヤモヤ。
それは、時間の価値について考え直すきっかけになりました。
他人の時間を奪っていないか。自分の時間を無駄にしていないか。
どちらも、意識しないとついやってしまうこと。
でも、ちょっとした意識の変化で、時間の使い方は変わると信じています。
他人の時間を大切にすること。自分の時間を大切にすること。
どちらも同じくらい大事だなって、今回の出来事で気づきました。
あなたは、自分の時間、大切にできていますか?
最後まで読んでくださりありがとうございます!
