デカフェの味は、なにが違うのか
デカフェとふつうのコーヒー。飲み比べたとき、何か違うと感じたことはありますか。
コーヒーの研究でも、デカフェの味は「平板で薄い」と表現されることがあります。1
カフェインがなくなったのだから、その分だけ味が変わる。そう考えると自然です。けれど、違いが生まれるおもな場所は、カフェインそのものとは少し別のところにあります。
カフェインが担う苦味は、一部だけ
カフェインには苦味があります。ただ、コーヒーには苦い成分がほかにもいくつも含まれていて、コーヒーの苦味のうち、カフェインによるものは一部にとどまります。2
では、残りの苦味はどこから来るのか。ドイツの研究チームは、苦味のおもな成分が、焙煎した豆のなかにできる成分であることを突き止めています。苦味の多くは、焙煎で生まれるということです。3
カフェインを抜いても、苦味がすべてなくなるわけではありません。そして、ここで出てきた「焙煎」が、デカフェの味を考えるうえでのカギになります。
コーヒーの香りは、焙煎で生まれる
コーヒーらしい香りも、生豆を焙煎するときに生まれます。
もとになるのは、生豆に含まれている糖やたんぱく質などの成分です。焙煎の熱で反応し、香りの成分へと変わっていきます。たとえば、焙煎したコーヒーの香りをつくる成分の一群は、おもに生豆のショ糖(砂糖の主成分)が焙煎で分解してできるものです。14
つまり、生豆のうちは、香りはまだ「もと」の形で眠っています。焙煎の前にそのもとが減れば、焙煎で生まれる香りも減ることになります。
カフェインと一緒に、香りのもとも抜けてしまう
デカフェでは、カフェインを焙煎の前の生豆から取り除きます。このとき、香りのもとになる成分の一部が、カフェインと一緒に抜けてしまうことがあります。1
ある分析では、有機溶媒でカフェインを取り除いた生豆で、ショ糖がアラビカ種で60%、カネフォラ種(ロブスタ)で20%減っていました。1
ふつうのコーヒー
生豆
香りのもと
カフェインは取り除かない
焙煎
熱で反応する
香りが生まれる
デカフェ
生豆
香りのもと
カフェインを取り除く
香りのもとも一部抜ける
焙煎
熱で反応する
生まれる香りが少なくなる
本文の説明を整理した模式図。丸や線の数は、成分や香りの実際の量・割合を表すものではありません。
香りのもとが減った生豆を焙煎すると、香りの成分が十分にできません。これが、デカフェの味が薄いと言われるおもな理由だと説明されています。カフェインがなくなったことそのものより、焙煎の前に失われたものが、味の違いにつながるのです。1
作り方は、香りのもとを残す方向へ
デカフェの作り方も、この問題と向き合いながら変わってきました。
デカフェは、有機溶媒を使う方法から始まりました。1970年代までは主流でしたが、香りや味が失われること、溶媒が残ることへの懸念から、水や二酸化炭素を使う方法へ切り替わっていきます。4
水を使う方法の一つは、あらかじめカフェイン以外の成分を溶かし込んだ液に生豆を浸します。ほかの成分はすでに液に溶け込んでいるため、豆から移っていくのは主にカフェインになります。5
超臨界と呼ばれる状態の二酸化炭素を使う方法では、焙煎で香りを生むのに欠かせない炭水化物やたんぱく質には影響しない、と説明されています。4
カフェイン以外の成分を溶かし込んだ液に、生豆を浸す
豆から移るのは主にカフェイン
圧力と温度を上げた二酸化炭素に、カフェインを溶かし出す
炭水化物・たんぱく質に影響しないとされる
本文の説明を並べた図。作り方の詳しい違いは、このシリーズの第12回で扱っています。味の優劣を比べたものではありません。
どちらも、カフェインを抜くときに、香りのもとまで持ち出さないようにする仕組みです。
それでも、ふつうのコーヒーと同じ味ではない
では、いまのデカフェは、ふつうのコーヒーと同じ味になったのでしょうか。研究を見ると、違いはまだ残っています。
市販のカプセルコーヒー8組を、ふつうのものとデカフェで比べた分析では、デカフェのほうが、ショ糖からできる香りの成分が少ない傾向でした。1
同じ商品のふつう版とデカフェ版のエスプレッソを、訓練を受けた評価員が比べた研究もあります。デカフェは、焙煎の香りと苦味が控えめで、酸味がはっきりしていると評価されました。6
注釈6の研究(ブラジルの市販コーヒー1商品、評価員13人)で、どちらが強く評価されたかだけを示した図。試料はすべて砂糖や甘味料で甘みを付けたもので、好ましさの比較ではありません。
どちらも限られた商品を比べた結果で、すべてのデカフェに当てはまるとは限りません。ただ、これらの研究からは、デカフェの味の違いが「薄い」だけでなく、苦味・香り・酸味のバランスの違いとしても表れることがわかります。
デカフェの味を左右するのは、カフェインより、焙煎の前に残せた香りのもとです。
注釈・出典
Zou Y, Gaida M, Franchina FA, Stefanuto PH, Focant JF. Distinguishing between Decaffeinated and Regular Coffee by HS-SPME-GC×GC-TOFMS, Chemometrics, and Machine Learning. Molecules. 2022;27(6):1806. 序論で、デカフェを飲む人への最も直接の影響として「比較的平板で薄い味」を挙げ(Illy & Viani『Espresso Coffee: The Science of Quality』2005年を引用)、その理由を、香りの成分を生む焙煎がカフェイン除去の後に行われ、香りのもとの一部がカフェインと一緒に抽出されるためと説明しています。焙煎したコーヒーの香り成分の一群(ピラジン類)はおもにショ糖の熱分解でできること、ジクロロメタン(有機溶媒の一つ)で除去した生豆でショ糖がアラビカ種で60%、カネフォラ種で20%減ったことも、この論文が先行研究から紹介している内容です(減少量の元の論文は今回読めていません)。有機溶媒による方法の日本での扱いは、このシリーズの第12回の注釈4を参照してください。本文の「8組」は、この論文が分析した、5社のカプセルコーヒーのふつう版とデカフェ版の組です。デカフェ側に多かったフラン類などの成分については、著者も理由ははっきりしないとしています。 ↩1 ↩2 ↩3 ↩4 ↩5 ↩6
Poole RL, Tordoff MG. The Taste of Caffeine. Journal of Caffeine Research. 2017;7(2):39–52. コーヒーには苦い化学物質が複数含まれ、カフェインはコーヒーの苦味の一部しか担っていない、としています。カフェインの寄与を数値で示した資料には約15%とするもの(注釈3)がありますが、ほかにも異なる値を挙げる解説が見られ、原論文で確かめられていないため、本文では数値を使っていません。 ↩
American Chemical Society「Battling Bitter Coffee: Chemists Identify Roasting As The Main Culprit」(ScienceDaily掲載、2007年8月22日)。ミュンヘン工科大学(ドイツ)のThomas Hofmann教授らが、第234回米国化学会年会で発表した研究の紹介。苦味のおもな成分として、焙煎したコーヒー豆に含まれるクロロゲン酸ラクトン類とフェニルインダン類を挙げ、どちらもそれ自体は苦くないクロロゲン酸から、焙煎の反応でできるとしています。カフェインによる苦味は約15%としています。発表の本体は今回読めておらず、このプレスリリースで確認しました。 ↩
塩野貴史「『デカフェ』と『飲料としての品質』は両立できるのか?」『化学と生物』56巻6号(2018年、日本農芸化学会)。コーヒーについて、1970年代まで有機溶剤法が主流で、香味の損失や有機溶剤の残留の懸念から切り替わったこと、超臨界二酸化炭素抽出法は生豆由来の香気は抽出されるものの、焙煎による香気付与に不可欠な炭水化物やたんぱく質などには影響しないことの記述。 ↩1 ↩2 ↩3
Swiss Water Decaf「Our Coffee Decaffeination Process」。水を使う方法の一つを行う企業の工程説明。生豆の成分を含み、カフェインを含まない液(Green Coffee Extract)に生豆を浸し、カフェインだけを豆の外へ移すとしています。この方法で作ったデカフェの味の評価は、本文では扱っていません。 ↩
Cusielo KVC, de Medeiros AC, Hiramatsu EY, Bolini HMA. Between Bitterness and Sweetness: How Decaffeination and Sweeteners Shape the Sensory Experience of Espresso Coffee. Journal of Food Science. 2026. ブラジルの市販コーヒー1商品のふつう版とデカフェ版で淹れたエスプレッソを、訓練を受けた評価員13人が評価しました。試料はすべて砂糖や甘味料で甘みを付けたもので、甘みを付けない状態での比較はしていません。デカフェ版の除去方法は記載されていません。この研究では、ふつう版とデカフェ版の好ましさの比較はしていないため、本文ではどちらがおいしいかには触れていません。 ↩