記事: 女性の権利を、実感から話す難しさ

女性の権利を、実感から話す難しさ
女性の権利にまつわる話に、私は興味があります。ニュースで取り上げられれば目が止まるし、本を読めば付箋が増える。
それなのに、実際の会話では、途中で言葉を引っ込めることが多いです。
話したいのに、引っ込めてしまう
大人になってから、何度もありました。話題がそちらに向きそうになると、頭の中で一度ブレーキがかかる。
「この人にどう見えるかな」「思想が強い人だと思われないかな」。
そう考えているうちに、別の話題に流している自分がいます。
私の周りでは、女性の権利を語る人に対して、少し構えた見方がまだ残っていると感じます。
それは男性だけではなく、女性のあいだでも同じです。
だから、興味があるからこそ、慎重になる。話したい気持ちと、引っ込める気持ちが、いつも戦っています。
友人の、ある一言
数年前、友人数人と話していたときのことです。話の流れで、ある友人が「私はフェミニストではないから」と言いました。
その場では、さらっと流しました。喉まで出てきた言葉を、一度飲み込んだのを覚えています。人数もいたし、そこから話を広げる空気でもなかった。でも、内心では少し寂しかったのを覚えています。
私から見ると、彼女はむしろ女性の側に立って物事を考える人でした。
普段の会話でも、働き方や家事の分担について、はっきりした考えを持っている。
だから、彼女が否定したのは中身ではなく、その言葉に貼りついたイメージだったのだと思います。ひとつの言葉のせいで、彼女の中にある考えまで、まるごと否定されたように聞こえてしまいました。
言葉の印象が先に立って、中身が置き去りになる。私がその場で何も言えなかったことも、ずっとモヤモヤとして残っています。
「私には語る資格がない」という感覚
もう一つ、話しづらさの理由があります。
正直に言うと、私は「女性だから」という理由で仕事の機会を失ったり、給与を下げられたりした経験がありません。それは幸せなことで、本来はそれが当たり前のはずです。
でも、そうした経験をしている人が少なくないことも、聞いています。生理痛で毎月休まざるを得ない人が、「また休んだ」と評価を下げられる。そんな対応が本当に適切なのか、考えたくなる話はたくさんあります。
ただ、自分に実感がないと、そのことを口にするとき、言葉に重みがない気がしてしまう。「経験していない私が言っていいのかな」。
そう思って、口をつぐんだことも一度ではありません。
立場を決めなくても、話していい
最近、こう思うようになりました。
自分に経験がないことと、考えることは、別。
差別を受けた人の話を「それは本当のことだと思う」と受け止めることは、経験がなくてもできる。
同時に、「その理由は本当に女性だからなのか」と、一度立ち止まって見つめ直す視点を持つことも、矛盾ではありません。語る資格を問い始めると、話せる人は誰もいなくなってしまいます。
女性の権利を考えている人の多くは、女性が優位に立つ社会を目指しているわけではない。私はそう受け取っています。ただ、当たり前が当たり前になっていない場面を、ひとつずつ見ていきたいだけ。
賛成か、反対か。どっち側の人なのか。話す前にそれを決めなくてもいい。
「よくわからないけれど、ここが引っかかっている」というモヤモヤのままで、話していい。そう思うようにしています。
大きな言葉は使わなくていい。まずは身近な一人に、「これ、どう思う?」と小さく聞いてみる。答えが出なくてもいい。
話した分だけ、言葉のイメージより中身のほうが、少し前に出てくる気がします。
あの日、さらっと流してしまった話題を、今度は少しだけ広げてみたいと思っています。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
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