記事: オフライン時間が、思ったより体に効いた話

オフライン時間が、思ったより体に効いた話
先日、子どもと2人で自治体が管理している小さな森(公園?)に遊びに行きました。
初めて行く場所だったのですが、住所をなんとなく見て、「あ、近そう」と思って、ベビーカーを出して、子どもも乗せて、荷物も準備して。
よし、出発。
そう思ってから、念のためGoogleマップを開いたら、「徒歩45分」。
え、45分?
一瞬、心が折れそうに(泣)。
でも、もう準備は万端です。
子どももベビーカーに乗っている。
ここで「やっぱりやめよう」と言うのも、なんだか違う。
……よし、歩くか。
出発しました。
早く子どもを遊ばせてあげたかったので、道中はほとんど早歩き。
ベビーカーを押しながら、ただひたすら目的地に向かいました。
もちろんスマホを見る余裕もありません。
通知を確認する余裕もない。
いつもなら、少しの待ち時間や、子どもが何かに夢中になっている時間に、ついスマホを開いてしまうことがあります。
近所の公園や児童館に行ったときも、子どもがおもちゃや遊具で遊んでいる間に、ちょこっと仕事の連絡を見たり、返信したりしてしまうことがありました。
なんとなく申し訳ない気持ちはあります。
子どもといる時間なのに、と思う。
でも同時に、仕事も気になる。
その2つの気持ちが、いつも同時にあります。
完全に仕事を忘れられるわけではないし、子どもといる時間だからといって、頭の中をすぐに切り替えられるわけでもない。
スマホを見てしまう自分を反省しながら、それでも気になってしまう。
そんなことを、いつも抱えていた気がします。
でも、その日は違いました。
徒歩45分。
ベビーカーで高速早歩き。
初めての場所。
そのおかげで、スマホを見る時間がありませんでした。
森に着くと、そこは東京とは思えないくらい緑いっぱいの自然に囲まれた場所。
水の音がして、土があって、木があって、空気の感じもいつもの街中とは全然違う。
子どもは、親のことなんて見向きもせずに、ひたすら遊んでいました。
水遊びをして、工作をして、泥遊びをして。
他の子どもたちと一緒に、ドロドロになりながら、ものすごく真剣に遊んでいました。
その姿を見ているだけで、なんだかとても幸せでした。
親が何かをしなくても、子どもは子どもの世界でちゃんと楽しんでいる。
目の前の水や泥や、そこにいる子どもたちとの遊びに、全身で入っている。
その姿を、ただ見ていられる時間がありました。
子どもを楽しませるために行ったはずなのに、気づいたら私自身がかなり満たされていました。
2時間弱、自然の中でひたすら遊んで、
帰りももちろん徒歩45分…(笑)
普段の私なら、「今日は疲れたな」とぐったりしてもおかしくないくらいです。
でも、不思議と疲れはほとんどありませんでした。
もちろん、足は少し疲れていました。
たくさん歩いたので、体にはちゃんと疲労感がありました。
でも、それは嫌な疲れではありませんでした。
心地よい疲れでした。
帰宅したのはお昼すぎ。
いつもなら、そのあと少し眠くなってもおかしくありません。
たくさん歩いたし、子どもと外で遊んだし、暑さもあった。
それなのに、その日はウトウトすることもなく、夜まで元気。
むしろ、頭がすごくクリアでした。
体は心地よく疲れているのに、頭が疲れていない。
眠くない。
気持ちも軽い。
息子を寝かせてからの仕事も、驚くほど捗りました。
そこで初めて、ああ、こういう時間って本当に大切なんだなと思いました。
休むというと、私はつい「寝ること」や「何もしないこと」を思い浮かべます。
もちろん、それも大事です。
疲れているときは寝たほうがいいし、体がサインを出しているなら、ちゃんと休んだほうがいい。
でも、休み方はそれだけではないのかもしれません。
スマホから離れる。
通知から離れる。
ただただ集中して歩く。
自然の中で、子どもが夢中になっている姿を見る。
自分も一緒に、空気や音や足の疲れを感じる。
そういう時間も、体に効くのだと思いました。
「デジタルデトックスしよう」と意識していたわけではありません。
スマホを見ないぞ、と決めていたわけでもありません。ただ、見る暇がなかっただけ。
でも、結果的にその4時間以上のオフライン時間が、思った以上に自分を整えてくれました。
スマホを見ている時間が全部悪いとは思いません。
仕事も大事だし、連絡を返さなきゃいけない日もある。
子どもといる時間に、仕事が気になってしまう自分を、完全に責めきることもできません。
でも、だからこそ、意識してスマホから離れる時間を予定に入れてもいいのかもしれないなと感じました。
気合いで休むのではなく、環境ごと変えてしまうのもいいかもしれません。
たくさん遊んでたくさん歩いたのに、疲れていなくて、むしろ頭がクリアになっている。
夜まで元気でいられたことは、私にとって小さな発見でした。
そんな時間を、これからはもう少し意識して予定に入れてみたいなと思いました。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
