
「女性の幸せ」って強調する必要ある?「ただの幸せ」じゃダメなの?
「女性の幸せ」と聞いてどう思いますか?SNSや広告の見出しで、「結局女性って○○な方が幸せ」みたいな文章を見かけて、ふと「女性の幸せ」と「ただの幸せ」と何が違うんだろう、って考えました。
最近はあまり耳にしなくなった「女性の幸せ」というワード
思い返せば、私が20代の頃は「女性の幸せ」というワードをよく耳にしていた気がします。
テレビでも、雑誌でも、周りの大人からも。
「女性の幸せはね」という前置きで始まる話は、だいたい決まって結婚や家庭のことでした。
当時の私も、「女性の幸せ=結婚」というイメージがありました。
結婚して、家庭を持って、子供を育てる。
当時は、自分にあまり結婚というイメージがなかったので、自分には当てはまらないな〜と違和感はあったものの、一般的にはそういうものなんだなと、理解していました。
でも、結婚って男性にとっても幸せなことじゃない?
最近になって、久しく「女性の幸せ(=結婚)」というワードを目にし、ふと思いました。
結婚って、男性にとっても幸せなことじゃないの?
なのに、なぜか「男性の幸せ=結婚」とは言わない。
「男性の幸せ=出世」というイメージもありますが、これも一緒。
女性でも出世は多くの場合プラスなイメージなはず。
(結婚も出世もプラスのイメージではない、という場合もあると思いますが、ここでは一旦割愛します)
なぜ「女性の」と強調されるんだろう
「女性の幸せ」という言葉を使うとき、そこには暗黙の前提があるような気がします。
「女性の幸せは、男性の幸せとは違う」という前提。(逆も然り)
もっと言えば、「女性には女性ならではの幸せの形がある」という前提。
でも、それって本当なんでしょうか?
確かに、妊娠・出産など、体の違いから来る体験の違いはあります。
でも、それが「幸せの形」そのものを性別で分ける理由になるのかな、と。
結婚が幸せかどうかは、性別じゃなくて、その人自身の価値観によるもの。
仕事にやりがいを感じることも、趣味に没頭することも、友人と過ごす時間も、全部「幸せ」の形。
それなのに、なぜ「女性の」と強調されるんだろう。
「女性の幸せ」という枠にはめていないか
この疑問を掘り下げていくと、もしかしたら「女性の幸せ」という言葉自体が、女性を特定の枠にはめてしまっているのかもしれない、と思えてきました。
「女性ならではの幸せ」を強調することで、かえって「女性はこうあるべき」という型を作ってしまっている。
結婚していない女性は幸せじゃないの?
子供がいない女性は幸せじゃないの?
仕事に生きる女性は幸せじゃないの?
幸せの形は人それぞれ。性別で決まるものじゃない。
でも「女性の幸せ」という言葉を使うことで、無意識のうちに「これが女性の幸せの形だよ」と示してしまっている気がします。
性別じゃなくて、一人ひとりの幸せでいいんじゃないか
私自身、今は結婚もしているし、子供もいます。
それはそれで幸せだなって思います。
でも、それが「女性だから」幸せなのかと言われたら、違う気がするんです。
私が私として、この生活に幸せを感じている。ただそれだけ。
もし私が結婚していなくても、子供がいなくても、別の形で幸せを感じていたと思います。
きっと大切なのは、「女性の幸せ」に固執することじゃなくて、一人ひとりが「自分の幸せ」に目を向けること。
自分は何に幸せを感じるのか。
どんな生き方をしたいのか。
それは性別で決まるものじゃなくて、自分自身が決めていいことなんだと思います。
「自分の幸せ」を大切にしたい
「女性の幸せ」という言葉を見るたびに感じていた違和感。
その正体は、性別で幸せの形を決めつけられることへの抵抗だったのかもしれません。
もちろん、生理や妊娠・出産など、女性特有の健康課題は存在します。
そういった課題を解消して、一人ひとりが自分らしく生きられる社会を作ることは大切。
でも、それは「女性はこう生きるべき」という型にはめることとは違う。
女性だから、男性だから、こうあるべき。
そんな枠に自分をはめる必要はない。
私の幸せは私が決める。あなたの幸せはあなたが決める。
それでいいんじゃないかな、なんて思います。
幸せの形は、性別じゃなくて、一人ひとりが決めていい。
そう思えたら、もっと自由に、もっと楽に生きられる気がします。
あなたは、どう思いますか?
最後まで読んでくださり、ありがとうございます!

